ビール その2

ビールの記事を書いたら、弟からメールが届きました。「ビールの記事は楽しく読みました。もう飲めませんが」と。かなり前から弟は、生活習慣病予防のためお酒を止めています(~_~;)母が元気だった頃、よく実家に集まり食事をしました。その時、弟と2人でビールを1ケース(大瓶20本)を殆んど飲み尽くしたことがありました。私も強いけど、弟も強い。母と妹は呆れていました(*^^)vまた、妹の家でバーベキューをした時も妹はビールを飲まないので、少しの買い置きでした。すぐに足らなくなって、近くの自動販売機に買いに行くことになりました。皆飲んでいるので、車は運転できない。この件から、甥は私が「泡の出るお薬」と言うと、ビールの事だと察してくれるようになりました。母が元気だった頃、妹、義妹と私の4人で毎年旅行に出掛けていました。金沢に行った時、駅中のレストランで食事をすることになりました。妹と義妹はビールを飲まないので、母と私は飲みました。私が就職した頃は大ジョッキが有りましたが、かなり前から、中ジョッキしか見かけなくなりました(>_<)その時母は中ジョッキを頼み、私は大ジョッキを頼みました。その頃は中ジョッキのみで大ジョッキは姿を消していたので、どんなビールが出てくるか楽しみでした。お昼だったので、ビールを飲む人はあまりいませんでした。運ばれて来たビールは、私が記憶していた昔ながらの大きさの大ジョッキで、今のピッチャーを少し小さくしたサイズでした。母の中ジョッキの倍の量が入っていました。運ばれて来る時、一体これは誰が飲むのか、とその場にいた人たちは注目しました。私は「飲めない」と言うと殆んどの人は信じます。私の前に運ばれた時、驚きの顔が多かったのを覚えています。妹は「一番飲めないと思っていた人が飲むんだ・・・と皆思ったのだ」と言っていました。両手で支えないと飲めない重さ、嬉しかったです!(^^)!飲んでも顔色ひとつ変えない私を見て、皆は2度驚いたみたいです。それ以後、大ジョッキにはお目にかかれません(;´д`)

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穂高

「宇治のお茶まる」の副代表で、会計担当。チャレンジショップでは店番も担当。