母の想い出

今日は、私の母のことを書きたいと思います。母は殆んどの女性が働いていない時代から働き、私を大学に行かせてくれました。当時は共学の4年制大学に行けば「お嫁の貰い手がない」と言われた時代でした。私はお嫁になど貰って欲しくはないと思っていました。大学で男女混合の名簿も吃驚したし、頭脳も劣っていない、腕力で勝てないなら頭で勝てば良いと考えるようになりました。当時、女子学生は今と違い、少ない時代でした。母は女性が働くしんどさ、辛さを経験しているので、結婚することを勧めました。母が学校に勤めていたこともあり、お見合い話が多く来ました。いちいち断わるのも相手に悪いし、私もしんどい。だから、「身長180㎝以上、細身の人」という条件を出しました。話が来なくなり、やれやれと思っていたら、私を可愛がってくれていた叔母から話が来ました。「2人で会って、嫌だったら断るよ」と言って会うことにしました。雨が降る七夕の日でした。雨が嫌いな私は、叔母の紹介でなければ断わるのだけど、と渋々出掛けました。モデルの様な体形の男性でした。妹が先に結婚していたこともあり、何となく結婚しました。今、夫は見る影もなく当時と全く正反対の体形になり「俺は絶対に太らない」と言っていた上に、頭髪も約束違反です。叔母に言ったら「訴えなさい」と(笑)。何処に訴えれば良いのかな?夫婦でお互い認知症だと言い合い、娘には「夫婦漫才みたい」と言われながら暮らしているのを、母は天国で微笑みながら見てくれていることでしょう。

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穂高

「宇治のお茶まる」の副代表で、会計担当。チャレンジショップでは店番も担当。